宇都宮地方裁判所 昭和39年(わ)88号 判決 1970年11月11日
主文
被告人ら四名はいずれも無罪
理由
(公訴事実の要旨)
第一 被告人大貫文夫は、栃木県鹿沼町一五八町地において、税理士法により同法第二条の業務を実施する事業等を営業目的とする有限会社飯塚会計事務所の主査であつたが、
一、同県塩谷郡藤原町大字大原一、〇六〇番地に本店を設け温泉旅館経営等を営業目的とする資本金四二〇万円の有限会社二葉館の、昭和三六年一〇月一日より同三七年九月三〇日までの事業年度における法人税の確定申告に際し、同年一一月下旬頃、右会社において、右会社の代表取締役八木沢かねに対し、同人をして、右会社の業務に関し、法人税を免れしめる目的をもつて、同社従業員に対し、架空の別段賞与を計上する等の不正の方法により、虚偽の確定申告をすることを決意させ、よつて右同人をして、右会社の右事業年度における実際所得額が六、四六六、一七五円であるに拘らず、同年一一月三〇日所轄の鹿沼市逢莢町一、〇一一番地の一所在の鹿沼税務署において、同税務署長に対し、所得額は三、八五五、四〇一円である旨の虚偽の確定申告書を提出させ、よつて右会社の右事業年度における正規の法人税額二、六三五、六八〇円と右申告税額一、五三九、五七〇円との差額一、〇九六、一一〇円を逋脱せしめ、もつて法人税法違反の教唆をなし、
二、右会社の法人税法違反被告事件の発覚することを虞れ、右会社を庇護する目的で
1 昭和三七年一二月末頃、前記会計事務所において、同事務所法規課主査斎藤喜三九等と共謀の上、真実は二葉館では従業員に対し利益還元別段賞与を支出する件について、社員総会を開催した事実がないにも拘らず、「昭和三七年九月二一日同会社本店において臨時社員総会を開催し従業員に対し総額九五万円の前記賞与を支出し同額を右会社にて借入れる」旨等の議事の経過の要領及びそのの結果を記載した臨時社員総会議事録と題する文書を、情を知らない同事務所タイプ係をして印書させた上、その頃、右有限会社二葉館において、同文書の同会社代表取締役八木沢かね外一名の出席取締役名下にそれぞれ同人等の印を押捺し、右会社の従業員に対する利益還元別賞与を支出する件につき虚偽の記載をした議事録を作成し、
2 昭和三八年一月上旬頃、右会社において、同会社の経理担当者斎藤吉五郎等と共謀の上、真実は従業員に対し利益還元別段賞与を支出してこれを従業員において、右会社に貸付けることを承諾した事実がないのに拘らず、前記会計事務所所定の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書と題する文書に、それぞれ昭和三七年一一月二五日付にて、別紙一覧表(一)記載の如く金額、期限、年利率、従業員氏名、宛名等の所要事項を記載し従業員氏名下にそれぞれ印鑑を押捺して、従業員手塚茂外六名作成名義の虚偽の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書を各作成し、
もつてそれぞれ右事件の証憑を偽造し、
三、同県鹿沼市今宮町一、六八二番地の二に主たる事務所を設け、病院経営等を事業目的とする資本金六四〇万円の医療法人桃季会の昭和三七年四月一日より同三八年三月三一日までの事業年度における法人税の確定申告に際し、同年五月下旬頃、右法人において、右法人の代表者理事波木一男に対し、同人をして、右法人の業務に関し、法人税を免れしめる目的をもつて、同法人従業員に対し、架空の別段賞与を計上する等の不正の方法により虚偽の確定申告をなすように指導し、右波木一男をして虚偽の確定申告をすることを決意させ、よつて右同人をして、右事業年度における実際所得額が三、〇五九、三一三円であるのに拘らず、同年五月三一日所轄の前記鹿沼税務署において、同税務署長に対し、所得額は二、五六〇、三一一円である旨の虚偽の確定申告書を提出させ、よつて右法人の右事業年度における正規の法人税額一、〇六二、五三〇円と右申告税額八七二、九一〇円との差額一八九、六二〇円を逋脱せしめ、もつて法人税法違反の教唆をなし、
四、右法人の法人税法違反被疑事件の発覚することを虞れ、右法人を庇護する目的で、
1 昭和三八年七月中旬頃、右法人において、右法人の経理担当者柴田力次等と共謀の上、真実は右法人において、従業員に対し、賞与を支出する意思がなく、前記確定申告書の提出までに受給者ごとに支給額が分別されていなかつたのに拘らず、これらがあつた如く装うため、支払確定日として同年三月二一日付の同法人従業員柴田力次外四名に対する各人別支給額を記載した内容虚偽の特別賞与支払明細書を作成し、
2 同月中旬頃、右法人において、前記柴田力次等と共謀の上、真実は従業員に対し利益還元別段賞与を支出して、これを従業員において右法人に貸付けることを承諾した事実がないのに拘らず、前記会計事務所所定の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書と題する文書に、それぞれ昭和三八年七月八日付にて別紙一覧表(二)記載の如く金額、期限、年利率、従業員氏名、宛名等の所要事項を記載して、従業員氏名下にそれぞれ印鑑を押捺し、従業員柴田力次外四名作成名義の虚偽の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書を各作成し、
3 同月下旬頃、前記会計事務所において、同事務所法規課主査斎藤喜三九等と共謀の上、真実は桃季会では従業員に対し利益還元別段賞与を支出する件について、理事会を開催した事実がないのにも拘らず、「昭和三八年三月二一日同法人事務所において理事会を開催し、従業員に対し、総額五七万円の前記賞与を支出し、同額を右法人にて借入れる」旨等の議事の経過の要領及びその結果を記載した理事会議事録と題する文書を、情を知らない同事務所タイプ係をして印書させた上、その頃右医療法人桃季会において、同文書の同法人理事長波木一男外二名の出席理事名下にそれぞれ同人等の印鑑を押捺し、右法人の従業員に対する利益還元別段賞与を支出する件につき虚偽の記載をした議事録を作成し、
もつて、それぞれ右事件の証憑を偽造し、
たものである。
第二、被告人大塚武は、前記飯塚会計事務所の監査第二課長であつたが、
一、同市寺町一、〇一八番地に本店を設け、貨物自動車運送等を営業目的とする資本金三十万円の平野運送株式会社の昭和三五年四月一日より同三六年三月三一日までの事業年度における法人税の確定申告に際し、同年五月下旬頃、右会社において、右会社の代表取締役平野金次郎に対し、同人を右会社の業務に関し、法人税を免れしめる目的をもつて、同社従業員に対し、架空の別段賞与を計上する等の不正の方法により虚偽の確定申告をなすように指導し、右平野金次郎をして虚偽の確定申告をすることを決意させ、よつて右同人をして右会社の右事業年度における実際所得額が二、七九一、四一五円であるに拘らず、同年五月三一日所轄の同市逢莢町一、〇一一番地の一所在の鹿沼税務署において、同税務署長に対し、所得額は一、二〇六、二四五円である旨の虚偽の確定申告書を提出させ、よつて右会社の右事業年度における正規の法人税額一、〇一六、五三〇円と右申告税額三九八、〇四〇円との差額六一八、四九〇円を逋脱せしめ、もつて法人税法違反の教唆をなし、
二、昭和三七年五月下旬頃、右会社代表取締役平野金次郎等に対し、同社の昭和三六年四月一日から同三七年三月三一日までの事業年度における法人税の確定申告にあたり、右会社従業員に対する架空の別段賞与を計上するように指導した明慶良一等と共謀の上、右架空賞与を計上したことに関し、右会社の法人税法違反被疑事件として発覚することを虞れ、右会社を庇護する目的で、
1 昭和三七年一〇月二五日別紙一覧表(三)記載の場所において、真実は従業員に対し、利益還元別段賞与を支出して、これを従業員において右会社に貸付けることを承諾した事実がないのに拘らず、前記会計事務所所定の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書と題する文書に、それぞれ同表記載の如く、金額、期限、年利率、従業員氏名、宛名等の所要事項(いずれも日付なし)を記載して従業員氏名下にそれぞれ印鑑を押捺して、従業員渡辺忠治郎外三四名作成名義の虚偽の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書を各作成し、
2 昭和三七年一〇月二五日前記会計事務所において、真実は右会社において、従業員に対し賞与を支出し、従業員においてこれを右会社に貸付けることを承諾した事実がないにも拘らず、右会社従業員渡辺忠治郎外三七名に対し総額一〇〇万円を利益還元別段賞与として支給した如く処理していたので、前記事業年度の法人税確定申告書の提出までの間に受給者ごとに支給額が分別されていた如く装う為、渡辺忠治郎外三七名に対する各人別支給額を記載した内容虚偽の賞与明細書を作成し、
もつて、それぞれ右事件の証憑を偽造し、
三、同県栃木市平柳町一八三番地に本店を設け、自転車等の部品、軽オートバイ等の販売等を営業目的とする資本金一五〇万円のスカイ精工株式会社の昭和三六年一月一日より同年一〇月三一日までの事業年度における法人税の確定申告に際し、同年一二月上旬、右会社において、右会社の代表取締役天野善之輔に対し、同人をして右会社の業務に関し、法人税を免れしめる目的をもつて、同社従業員に対し、架空の別段賞与を計上する等の不正の方法により虚偽の確定申告をなすように指導し、右天野善之輔をして虚偽の確定申告をすることを決意させ、よつて右同人をして、右会社の右事業年度における実際所得額が二、二七九、六六二円であるのに拘らず、同年一二月三〇日所轄の同市本町五六六番地の二所在の栃木税務署において、同税務署長に対し、所得額は一、三五一、五七九円である旨の虚偽の確定申告書を提出させ、よつて右会社の事業年度における正規の法人税額七五三、七三〇円と、右申告税額四三九、〇六〇円との差額三一四、六七〇円を逋脱せしめ、もつて法人税法違反の教唆をなし、
四、右会社の法人税法違反被疑事件の発覚することを虞れ、右会社を庇護する目的で、昭和三七年三月上旬頃、右会社において、右会社の専務取締役天野房子等と共謀の上、真実は従業員に対し、利益還元別段賞与を支出して、これを従業員において右会社に貸付けることを承諾した事実がないのに拘らず、前記会計事務所所定の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書と題する文書にそれぞれ別紙一覧表(四)記載の如く、金額、期限、年利率、従業員氏名、宛名等の所要事項を記載して(日付はいずれも後日昭和三七年四月三日と補充)従業員氏名下に印鑑を押捺或は指印して、従業員寺内明外五名作成名義の虚偽の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書を各作成し、もつて右事件の証憑を偽造し、
たものである。
第三、被告人摺木丈は、前記飯塚会計事務所の監査第二課長であつたものであるが、
一、前記会計事務所事務員明慶良一と共謀の上、前記平野運送株式会社の昭和三六年四月一日より同三七年三月三一日までの事業年度における法人税の確定申告に際し、同年五月下旬頃、右会社において、右会社の代表取締役平野金次郎に対し、同人をして右会社の業務に関し法人税を免れしめる目的をもつて、同社従業員に対し、架空の別段賞与を計上する等の不正の方法により、虚偽の確定申告をなすよう指導し、右平野金次郎をして虚偽の確定申告をすることを決意させ、よつて右同人をして、右会社の右事業年度における実際所得額が一、六五二、八一三円であるに拘らず、同年五月三一日所轄の同市逢莢町一、〇一一番地の一所在の鹿沼税務署において、同税務署長に対し、所得額は一、二五六、五九三円である旨の虚偽の確定申告書を提出させ、よつて右会社の右事業年度における正規の法人税額四九一、四二〇円と右申告税額三六〇、六四〇円との差額一三〇、七八〇円を逋脱せしめ、もつて法人税法違反の教唆をなし、
二、前記会計事務所事務員森田稔と共謀の上、同県日光市湯元二、五二八番地に本店を設け、旅館業等を営業目的とする資本金七〇〇万円の有限会社奥日光小西ホテルの昭和三五年一〇月一日から同三六年九月三〇日までの事業年度における法人税の確定申告に際し、同年一一月下旬頃、右会社において、右会社の代表取締役小西喜雄に対し、同人をして右会社の業務に関し、法人税を免れしめる目的をもつて同社従業員に対し、架空の別段賞与を計上する等の不正の方法により虚偽の確定申告をなすように指導し、右小西喜雄をして虚偽の確定申告をすることを決意させ、よつて右同人をして、右会社の右事業年度における実際所得額が五、四一二、一七八円であるに拘らず、同年一一月三〇日所轄の前記鹿沼税務署において、同税務署長に対し、所得額は一、五七三、一七八円である旨の虚偽の確定申告書を提出させ、よつて右会社の右事業年度における正規の法人税法一、九五九、六七〇円と右申告税額五一九、一二〇円との差額一、四四〇、五五〇円を逋脱せしめ、もつて法人税法違反の教唆をなし、
三、1 右会社の昭和三六年一〇月一日から同三七年九月三〇日までの事業年度における法人税の確定申告に際し、同年一一月下旬頃、右会社において、前記小西喜雄に対し、同人をして右会社の業務に関し、法人税を免れしめる目的をもつて同社従業員に対し、架空別段賞与を計上する等の不正の方法により虚偽の確定申告をすることを決意させ、よつて右同人をして、右会社の右事業年度における実際所得額が五、五五三、〇六一円であるのに拘らず、同年一一月三〇日所轄の前記鹿沼税務署において、同税務署長に対し、所得額は三、八〇四、三二二円である旨の虚偽の確定申告書を提出させ、よつて右会社の右事業年度における正規の法人税額二、一五七、九三〇円と右申告税額一、三四五、五九〇円との差額八一二、三四〇円を逋脱せしめ、もつて法人税法違反の教唆をなし、
2 前記三の1の右会社の法人税法違反被疑事件の発覚することを虞れ、右会社を庇護する目的で、
(一) 昭和三八年七月頃、右会社において、右会社の経理担当者篠崎一三等と共謀の上、真実は従業員に対し利益還元別段賞与を支出してこれを従業員において、右会社に貸付けることを承諾した事実がないのに拘らず、前記会計事務所所定の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書と題する文書に、それぞれ昭和三七年九月二五日付にて、別紙一覧表(五)記載の如く、金額、期限、年利率、従業員氏名、宛名等の所要事項を記載し、従業員氏名下にそれぞれ印鑑を押捺して、従業員篠崎一三外一六名作成名義の虚偽の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書を各作成し、
(二) 昭和三七年一一月二九日頃前記会計事務所において、同事務所法規課主査斎藤喜三九等と共謀の上、真実は右会社では従業員に対し、利益還元別段賞与を支出する件について社員総会を開催した事実がないにも拘らず、「昭和三七年九月二二日右会社本店において臨時社員総会を開催し、従業員に対し、総額九三万円の前記賞与を支出し同額を右会社にて借入れる」旨等の議事の経過の要領及びその結果を記載した臨時社員総会議事録と題する文書を、情を知らない同事務所タイプ係をして印書させた上、同年一二月下旬頃、右会社において、同文書の右会社代表取締役小西喜雄外五名の出席取締役名下にそれぞれ同人等の印を押捺し、右会社の従業員に対する利益還元別段賞与を支出する件につき虚偽の記載をした議事録を作成し、
もつて、それぞれ右事件の証憑を偽造し、
たものである。
第四、被告人多久泰則は、前記飯塚会計事務所の監査第一課長であつたが、
一、宇都宮市旭町二丁目三、四五八番地に本店を設け一般建築請負等を営業目的とする資本金二五〇万円の有限会社新里工務店の、昭和三七年一月一日より同年一〇月三一日までの事業年度における法人税の確定申告に際し、同年一二月下旬、右会社において、右会社の代表取締役新里幸造に対し、同人をして右会社の業務に関し法人税を免れしめる目的をもつて、同社従業員に対し、架空の別段賞与を計上する等の不正の方法により、虚偽の確定申告をなすように指導し、右新里幸造をして虚偽の確定申告をすることを決意させ、よつて右同人をして右会社の右事業年度における実際所得額が四、七六五、八五五円であるのに拘らず、同年一二月三〇日所轄の同市旭町二丁目三、四二一番地の一六所在の宇都宮税務署において、同税務署長に対し、所得額は二、二七五、四〇八円である旨の虚偽の確定申告書を提出させ、よつて右会社の右事業年度における正規の法人税法一、六八六、八一〇円と右申告税額六六二、五四〇円との差額一、〇二四、二七〇円を逋脱せしめ、もつて法人税法違反の教唆をなし、
二、右会社の法人税法違反被疑事件の発覚することを虞れ、右会社を庇護する目的で、
1 昭和三八年一月下旬頃、前記会計事務所において、同事務所法規課主査斎藤喜三九等と共謀の上、真実は新里工務店では従業員に対し、利益還元別段賞与を支出する件について社員総会を開催した事実がないにも拘らず、「昭和三七年一〇月二八日右会社本店において臨時社員総会を開催し、従業員に対し、総額一八五万円の前記賞与を支出し同額を右会社にて借入れる」旨等の議事の経過の要領及びその結果を記載した臨時社員総会議事録と題する文書を、情を知らない同事務所タイプ係をして印書させた上、その頃、右会社において、同文書の右会社代表取締役新里幸治外三名の出席取締役名下にそれぞれ同人等の印を押捺し、右会社の従業員に対する利益還元別段賞与を支出する件につき虚偽の記載をした議事録を作成し、
2 昭和三八年一月下旬頃、右会社において同会社の経理担当者高沼重司等と共謀の上、真実は従業員に対し、利益還元別段賞与を支出して、これを従業員において右会社に貸付けることを承諾した事実がないのに拘らず、前記会計事務所所定の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書と題する文書にそれぞれ昭和三七年一〇月三一日付にて別紙一覧表(六)記載の如く金額、年利率、従業員氏名、宛名等の所要事項を記載して従業員氏名下にそれぞれ印鑑を押捺して、従業員等宇賀神勇次外一一名作成名義の虚偽の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書を各作成し、
もつて、それぞれ右事件の証憑を偽造したものである。
(当裁判所の判断)
第一、総論
一、飯塚会計事務所における被告人らの地位など次の事業は本件証拠上疑いを容れないところであつて、被告人らにおいても特にこれを争わない。
飯塚会計事務所は、栃木県鹿沼市に本店を、東京都に支店を置き、公認会計士、税理士飯塚毅を代表取締役、所長として税理士、会計士の業務を営むことを目的とする有限会社であつて、被告人ら四名の所属していた右鹿沼事務所は飯塚所長のもとに、これを補佐する支配人、顧問先法人の決算事務を担当する監査第一課、同じく毎月の帳簿等の巡回整理を担当する監査第二課、顧問先法人の決算報告書等の作成事務を担当する法規課が置かれ、各課には課長、同補佐、主査、主査補等が配置されていた。
被告人大貫文夫は、栃木県立鹿沼農商高等学校を卒業して昭和三三年二月頃同事務所に入所し、本件当時は、監査第二課の主査補または主査として主に顧問先に対する巡回事務を担当し、被告人大塚武は、昭和二七年三月同じく右高校卒業後直ちに同事務所に入所して本件当時は、監査第二課の課長補佐として主に顧問先に対する巡回事務を担当し、被告人摺木丈は、中学中途退学後、昭和二六年頃同事務所に入所して本件当時は、監査第二課長として、顧問先に対する巡回事務を担当し、被告人多久泰則は、栃木県立小山実業学校商業科を卒業して昭和二七年四月頃同事務所に入所し、本件当時は、監査第一課長として顧問先の決算業務を担当するほか、同第二課主査を兼ね顧問先に対する巡回事務にも従事していた。
二、1 本件にいわゆる別段賞与とこれに関する飯塚会計事務所における関与先法人に対する指導方針
<証拠> を総合すると、次の事実を認めることができる。
飯塚会計事務所長飯塚毅は、税法は国の課税権の限界を示す法規範であり、また税理士業務のあり方は税務当局に対するいたずらな妥協的態度を排し当局による税法の恣意的な運用等から納税者を保護する立場に立つてこれを処理すべきであるとの見解から、顧問先の法人に対し帳簿組織などの合理化を勧める一方、顧問先の必要に応じて、脱税とは選を異にする「合法的節税」を指導することも顧問先の信頼に応える途であると主張し、その一端として、昭和三六年三月ごろから、顧問先法人が決算を取りまとめた結果顕著な増益を収めたことが判明しながら、当面の資金不足から、右利益に対する法人税の納付に窮する事態にあるときには、右利益額の一部を従業員に対する賞与として配分することとして、これを決算報告書に損金として計上し、利益金中には計上しない、同税理士のいわゆる「利益還元従業員別段賞与」なるものを実施するよう指導していた。
それは、顧問先法人が顕著な利益を上げた場合には、右利益は一面において従業員の努力の成果でもあるから、かかる場合に事実上の利益配分としてその一部を従業員に支給することは賞与本来の意義にも適するものとする同税理士の考え方に基づくものであつて、その内容は概算利益額の二割以下程度を支給の適正限度額とし、これを当該事業年度においては一応未払金のままとして損金に計上しておき、その後資金事情の好転した適当な時期にその支給を実施するが、同時に右法人はこれを五年ないし、一〇年の期間をもつて右受給者から借入れることとして実際の現金出納を行なわず、その期間中法人は各受給者に右借入金に対する五分ないし七分の利息を支払いながら、これをその事業運営の資金に供するというものであつた。(以下これを別段賞与という)
ところでこのように未払の従業員賞与を損金として経理することの税法上の適否に関しては、当時の法人税法には、現行法(昭和四〇年三月三一日法律第三四号)第二二条第四項および第五四条の賞与引当金のような規定はなかつたところから国税庁は当時の法人税法基本通達(昭和二五年九月二五日国税庁長官通達直法一―一〇〇)二六四項およびおよび二六五項をもつてこれに関する税務行政上の取扱基準を定め、これに従つて運用していたが、これによれば、使用人に対する賞与は、決算報告書上の利益金処分として支給される場合でない限り損金として経理することが認められていたのみならず、これを決算時までに現実に支給しないで、単に将来支給すべき賞与として引き当てるのみでも、当該引当金を支給することが確実であり、かつその支給額が法人税の申告期限までに受給者ごとに分別されることを条件としてこれを損金に計上することが認められる取扱いとなつていた。そこで同税理士は、法人が前記のようにして別段賞与の支給を計上することは、前記基本通達の趣旨にも適合し、なんら違法ではないから、法人が合法的に納税額の軽減をはかる手段となり得るばかりでなく、資金難に苦しむ法人は前認の借入金を運用することにより、当面の資金繰りに貢献する効果があること、右借入期間中従業員の定着足止にも資し得ること、右期限後の返済はその間の引続く物価上昇の趨勢等に伴なう貨弊価値の下落によつて計上当時に比しはるかに容易であることなどを右別段賞与の利点として挙げ、同会計事務所においても昭和三六年一月および同三七年一月の二回にわたつて被告人ら主査補以上の職員に対する右賞与の支給を計上して自らこれを実践し、同三六年三月ごろからは顧問先の各法人に対して漸次右賞与を計上するよう指導し、同三八年ごろには、これに応じてその決算報告書に右賞与の支給を計上した法人数は六〇余りに上るに至つた。
2 飯塚会計事務所が別段賞与の支給計上を指導するに当つて各法人に作成させる各種書類
飯塚税理士は、同事務所において顧問先法人に対し別段賞与の計上を指導するに伴つて、当該法人をしてこれに関する書類を整備させ、その手続を書類上明確にしておく必要を認めたので、同事務所の指導に応じて別段賞与を計上する顧問先法人には、当該法人において別段賞与の支給借入れを議決した旨の取締役会、理事会ないしは社員総会の各議事録を作成してこれを保存しておくこと、別段賞与の受給者がその法人に対し右賞与金の貸付けを承諸した旨の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書と称する各受給者作成、法人代表者宛の貸付承諾書(以下これを貸付承諾書という。)各二通を作成し、法人と受給者に各一通ずつを所持させることとして、同事務所職員に対してその旨指示してこれが励行に努めるとともに同会計事務所においてその文面様式をほぼ画一的に定めた用紙等を準備して、これを提供し、別段賞与の支給を計上した顧問先法人のため右書類の作成手続に協力していた。
三、役員報酬および従業員給与の遡及増額に関し、同事務所がとつてきた顧問先法人の指導方針
飯塚税理士は、当時施行されていた法人税法には右報酬等の遡及増額についてなんらの規定がなく、前記通達にもこれに関する解釈が示されていないところから、これを適正な限度内で所得税額の年末調整の済んでいる前年の最後の給与支払期の翌月まで遡及して増額し、決算の際には、一応その遡及増額分を未払金として損金に計上することは税法上許容されるものと考え、役員報酬等の増額を希望する顧問先法人がある場合には、前記のような遡及増額の方法をとるように職員を指導するとともに、その際その手続を適法に履践したことを明らかにするために、役員報酬の限度額を遡及して増額する旨議決した趣旨の記載ある株主総会ないし社員総会議事録を作成するように指示していた。
第二、被告人大貫文夫関係
一、同被告人に対する公訴事実第一の一および同二の1、2の各事実(有限会社二葉館関係)について
右の各公訴事実につき問題となるのは、右会社の昭和三六年一〇月一日から同三七年九月三〇日に至る事業年度の決算に計上された別段賞与、期末賞与、従業員賞与ならびに役員報酬と従業員給与との各遡及増額の仮装性とこれに対する被告人大貫の教唆の有無、右別段賞与に関して作成された同会社の臨時社員総会議事録、貸付承諾書の各作成に関する同被告人の意図如何である。
1 同会社の前記事業年度における別段賞与等の計上に関する経緯等
次の事実は証拠上明白で、同被告人においても特に争わない。
(一) 有限会社二葉館は、昭和二七年四月ころ八木沢かねによつて設立され、栃木県塩谷郡藤原町大字大原一、〇六〇番地に本店を置き、温泉旅館の経営、料理店営業等を営業目的とする同族会社である。右会社は本件当時前記八木沢かねがその代表取締役、その孫八木沢正司が専務取締役に各就任し、資本金四二〇万円をもつて右両名、支配人手塚茂、事務員斎藤吉五郎らによつて運営されていた。
(二) 飯塚会計事務所は、同会社の設立当初から同会社との間に同会社の会計書類等の整理、集計、記帳の指導、決算報告書のとりまとめ等を同事務所に委任することを目的とする顧問契約を結び、以後その所属職員に命じて同会社のため毎月の経理の整理、記帳の指導、毎事業年度の決算および法人税確定申告等の事務に従事させてきた。
(三) 同会社の昭和三六年一〇月一日から同三七年九月三〇日に至る事業年度の決算ならびに同年一一月三〇日を申告期限とする同年度の法人税確定申告にあたり、右申告とその前提となる右事業年度の決算事務を担当したのは、被告人大貫文夫と同会計事務所主査補秋山武治らであつて、同人らは、同年一一月下旬ごろからこれに従事した結果、同月末同年度の決算報告書を取りまとめ、同会社代表取締役八木沢かねにおいて、右期限の末日に鹿沼市所在の鹿沼税務署において、同税務署長に対してこれを添付した公訴事実第一の一記載のような、所得額を三、八五五、四〇一円、法人税確定申告書同押号の七を提出した。
(四) 右決算報告書には、手塚茂ほか六名の従業員に対する別段賞与総額九五〇、〇〇〇円、従業員に対する期末賞与総額二七五、〇〇〇円、八木沢かねの役員報酬、手塚茂、斎藤吉五郎の従業員給与の各遡及増額分合計八八六、三八五円(内訳はいずれも昭和三七年一月に遡り、八木沢かねは月額五〇、〇〇〇円から七〇、〇〇〇円に、手塚茂は、同一八、〇〇〇円ぐらいから六〇、〇〇〇円に、斎藤吉五郎は同一六、〇〇〇円ぐらいから五〇、〇〇〇円にそれぞれ増額)がそれぞれ未払金として損金に、また右八木沢正司の役員報酬の遡及増額分(同年三月に遡り、月額一八、〇〇〇円ぐらいから三〇、〇〇〇円に増額。)九六、〇〇〇円および従業員賞与総額三五七、八〇〇〇円が損金にそれぞれ計上されていた。
2 各争点に対する判断
(一) 別段賞与等の仮装性
(1) 別段賞与の仮装性
<証拠> を総合すると、次の事実が認められる。
前記八木沢かねは、決算事務に従事中の被告人大貫から、同事業年度の概算所得が約六〇〇万円に上り、前年度に比し多額の増益となつたため相当額の法人税を納めなければならない計算となる旨を聞き、当時同会社は金融機関より借入れた新館増築資金の返済に追われて資金繰りが苦しく、多額の税金の納付には成算がなかつたところから、その対策を被告人大貫に相談したところ、同被告人より、右所得の一部を従業員に対する前判示のような別段賞与等として支給し、同時に右従業員らよりこれを借入れる経理をすれば同会社の申告所得額は減額され、納付すべき法人税額の節減と当面の資金繰りに役立つ旨、飯塚会計事務所の所謂利益還元別段賞与の方法とその利点を説明されてその採用を勧められるや、これに応じて右計上を実行することを決意し、同被告人らに依頼してその指導のもとに各受給者別の支給額をも定めたうえ従業員手塚茂ほか七名を受給名義人とする右別段賞与総額九五〇、〇〇〇円を未払金として決算報告書の損金に計上し、これにより前示申告所得領を算出した前判示の法人税確定申告書を作成させてこれを前記税務署長に提出した。
その後同年一二月ごろ、前記手塚らは、これにつき、同被告人の指導と助言により、右賞与の受給名義人七名の作成名義をもつて、同人らにおいて右支給の賞与金を同会社に貸付けることを承諾する旨の記載ある同会社宛の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書各二通ずつ計一四通を作成した。
しかし、右八木沢かねにおいては当初から右賞与金を実際に支給する意思がなく、右貸付承諾書も前記手塚らにおいて、あるいは作成名義人の印鑑を冒用して偽造し、あるいは作成の際あらかじめまたは作成後において作成名義人に対し右記載内容の虚偽である旨を告げて同人らの了解を求めたものに過ぎなかつた。
以上の事実によれば、前記八木沢かねは同会社の同年度の所得額を過少に申告して同会社が納付すべき法人税の一部を免れる目的で、右別段賞与を支給する意思はないのにその支給を仮装して、これを損金に計上したものであることは明白である。
(2) 期末賞与の仮装性
従業員に対する期末賞与総額二七五、〇〇〇円についても、八木沢かねがこれを未払金に計上しながら従業員にはその支払をしなかつたことは本件証拠上明らかである。
弁護人は右期末賞与は同会社の従業員において催した慰安旅行の際同会社がその費用として支出したので、これにより右賞与は結局支払済みであると主張し、<証拠>によれば、同年一一月末同会社においてその費用を負担して従業員の慰安旅行が実施されていることを認めることができるが、一方、<証拠>によれば、その際の同会社の支出金額は僅か合計四九、五〇〇円であつて、右期末賞与総額の小部分に過ぎないことからいつてもとうていこれをもつて右賞与金が各受給名義人らに支払われたものとは認めることはできない。
そして他に帳簿上右賞与が支払われた形跡は見当らないから、この事実に、<証拠>を合わせ考えると、右期末賞与の計上もまた前記八木沢かねにおいて前同様の目的で真実従業員らに支給する意志がないのに、その支給を仮装してこれを損金に計上したものというべきである。
(3) 役員報酬および従業員給与の各遡及増額の仮装性
右各遡及増額分のうち、八木沢正司に対する役員報酬の遡及増額分の支払は同年度内において同人昭和三七年九月五日に同会社から借入れた金員と相殺処理されて結局支払済みとなつていることは<証拠>によつて推断できるが、その他の者に対する報酬給与の各遡及増額分についてその支払がなされなかつたことは<証拠>によつて認められる。そうすると、右事実に、前記認定の役員報酬等の増額計上の事情、前記公判調書中の証人八木沢かねの供述記載を総合すると、少なくとも右八木沢正司に対する遡及増額分合計金八八六、三八五円は右八木沢かねにおいて前同様の目的で真実これを支給する意思がないのにその支給を仮装して損金に計上したものというべきである。
(4) 従業員賞与の仮装性
押収中の伝票兼仕訳日記帳の昭和三七年九月分一冊(同押号の一八)中の同月二八日付出金伝票に、右同額の現金が右賞与として支出されている旨の記載があるが、右証拠は後記認定のようなその記載の事情からいつて右賞与支給の証左とは認めがたく、他に帳簿上右期賞与が支払われた旨の記載はない。そこでこの点に、<証拠>を考え合わせると、同会社従業員に対する右賞与の支払いはなされなかつたものと認めることができる。
そうすると、以上の事実に、<証拠>を総合して、右賞与もまた右八木沢かねにおいて前同様の目的で真実支給する意思がないのにその支給を仮装して損金に計上したものというべきである。
(5) 以上(1)ないし(4)に認定した事実によれば、同会社代表取締役八木沢かねは前記別段賞与、期末賞与、役員報酬従業員給与の各遡及増額および従業員賞与の架空計上を手段として、同事業年度における同会社の所得額を実際より過少に申告して同会社が正規に納付すべき同事業年度の法人税額の一部を免脱したものといわねばならない。
(二) 同被告人の教唆の有無
(1) 別段賞与仮装計上の教唆の有無
(イ) 被告人大貫が、同会社代表取締役八木沢かねにおいて行なつた前記認定のような別段賞与の仮装計上につき同人を指導するなどしてその実行を決意させたとの公訴事実にそう証拠としては前記公判調書中の証人八木沢かねの供述として、
「大大貫から決算のとき今期利益が約六〇〇万円になると聞かされ、それだけの利益の税金を金もないのにどうして払つたらいいだろうというと、それは払わなくてもいい方法があるといつて、別段賞与の話をし、その後、別段賞与の借入金は後になつても払わなくていいのだと教えられた」旨の供述記載、および前記各公判調書中の証人手塚茂の「大貫から総額二五〇万円の期末賞与、別段賞与等を未払金として計上する方法を聞いて、それだけの大きな金額を脱税するのが不安になり、受給名義人らに話をしておかないと後で税務署が受給名義人らを調べればすぐ脱税であることが知れてしまうから、その人々に話をしておく必要があるのではないかと言つたら、大貫は君は気が小さい、そんな必要はないと言つた。」旨ならびに「大貫は、受給名義人らに知らさないで貸付承諾書を作る方法としてどこかで三文判でも買つてきて押しておけばいいと言つていた。」「同人から本人には貸付承諾書は渡さなくていいと言われた。」旨の供述記載等がある。
しかし、同被告人が右八木沢に対し別段賞与の借入金を支払わなくてもよい旨述べた時期やその際の具体的な状況に関しては、前記公判調書中の右八木沢の供述記載によつてこれをうかがうにはその供述はあまり曖昧であること、前記公判調書中の右手塚茂の供述記載によれば同証人は同被告人が右別段賞与は実際は支給しなくともよい旨述べたことを明確に否定していることならびに、右八木沢証人は同会社の代表取締役であつて前記のような法人税逋脱罪の本犯たる地位にありながら、同被告人のみこれが教唆犯として起訴され自らは起訴を免れ得ている立場にあり、また右手塚証人は八木沢かねのため同会社の日常業務を主宰する者であること等を考慮すると、同証人らの前掲各供述記載をとつて直ちに、同被告人において、八木沢かねに対し別段賞与の仮装計上をそそのかし、または同人が別段賞与を真実支払う意思のないことを認識していたものと即断することはできない。
(ロ) しかも前記公判調書中の証人斎藤吉五郎の供述記載によると、被告人大貫は右斎藤に対し、社長が払つてくれるからとて別段賞与の支給されることを告げ、受給者は支給を受けると同時に年五分の利息で五年間これを同会社に貸付けたうえ右期限後支払を受ける旨の説明を与えた事実、そのため右斎藤も後記誓約書が作成されるまでは一時右賞与が真実支給されるものと信じていた事実がそれぞれ認められる。
(ハ) また<証拠>および押収中の誓約書七枚によると、右手塚は「別段賞与を支給しておいて、これを借入れると言えば、期限に請求されて困るから」とて自ら発案して各受給名義人七名において同会社に対する右賞与金の請求権を放棄する旨を記載した誓約書七通を作成させたが、この事実は被告人大貫のあずかり知らないところであつて、むしろ同人はこれを同被告人には秘して作成したものと認められる。
(ニ) さらに、<証拠>によれば、同被告人は右斎藤に対し貸付承諾書の作成を指導するにあたつて、これに記載する金額は支給する賞与金額からこれに対する源泉所得税等の金額を控除した残額とすべきところ、もしこれに端数が出たら右端数額は直ちに現金で支払いをすませて残額のみを記入するのが利息計算に便利である旨教えたが、斎藤はその後手塚により前記誓約書が作成され、右賞与が実際には支払われぬ架空のものであることを知つたので、右端数金の支払いをしなかつた事実が認められる。
(ホ) <証拠>を総合すると、前記認定の従業員ら七名作成名義の貸付承諾書二通ずつは、同被告人が、一通は同会社に、他の一通は各受給者全員に交付してそれぞれ所持せしめるよう、その旨を指示して作成させたものであつて、右作成に関する前記偽造等の事情は、同被告人の全く関知しなかつたところであることが認められる。
(ヘ) <証拠>によれば、同被告人を含む飯塚会計事務所職員は前記飯塚所長の業務方針に従いその指示によりつつ、昭和三六年三月ごろから各担当の顧問先法人に対し、その決算の際、必要に応じ前記別段賞与の採用につき指導助言を行なつてきたが、その結果、これに応じて右賞与を未払金として決算報告書の損金に計上する経理をしたうえ、後日実際にこれに伴うその支給、借入を実施した法人は少なくなかつた事実が認められる。
(ト) <証拠>によれば、飯塚税理士は同事務所所属の職員に対しては極めて厳格な管理体制のもとに非違、誤謬を仮借しない厳正な態度をもつて日常業務の監督指導にあたつており、職員が顧問先法人の脱税に協力した場合は言うまでもなく、いやしくも顧問先法人の提出した法人税確定申告書が担当職員の誤謬、不正に起因して税務署長の更正決定を受けたり、或いは飯塚所長の業務命令に違反したような場合にも、懲戒解雇をはじめとする厳しい処分をもつて臨んでいたため、職員らもおのずから脱税指導にわたる行為を自戒しつつ執務してきたことがうかがわれる。そうだとすると、同会計事務所職員としては、顧問先法人から謝礼報酬が供されるなどの特別な事情が認められない限り、その職員が右法人に対して脱税の指導を敢てするとはにわかに認定し難く、被告人大貫において、右のような特別の事情はこれを認めるに足りる証拠はない。
(チ) 他方前記各認定事実からもうかがわれるように、本件においては同被告人が右別段賞与の計上を指導した目的の一半が、これを前記認定のように同会社の当面の税負担を軽減することにあつたこと、右別段賞与の総額が同会社の経営規模、当該事業年度の利益金額に比しかなり過大であるばかりでなく、他に従業員に対する賞与として前記期末賞与、従業員賞与等もあり、これらを合算すれば、同年度における従業員に対する賞与合計額はこの種の小企業における従業員給与の常識をはるかに越え著しく過大なものとなること、および同被告人が右別段賞与の計上指導に伴う事後処置としての前記貸付承諾書の作成、交付につき単にその指示にとどまらず、すすんで受給名義人等につき支給借入の事実を調査、確認する措置をとらなかつたことなどの諸事情が存在することもまた否み難いところである。
しかし、前記(ロ)ないし(ト)の諸事実および<証拠>を考慮すると、以上の事情はこれを同会社に対する同被告人の経理指導の態度が書類偏重に傾き、事の実質に対する配慮において安易、軽卒の嫌いのあつたことを非難する理由とすることはともかく、いまだこれらの事実をもつて前記八木沢かねに対する同被告人の法人税逋脱教唆の事実をうかがわしめる証拠とするには十分でないというべきである。
(リ) 結局、被告人大貫が、明示的にはもちろん黙示的にもまた、八木沢かねに対し前記別段賞与の仮装計上を教唆したことを認めるには、いまだその証明が十分でないといわねばならない。
(2) 期末賞与仮装計上の教唆の有無
<証拠>によると、前記八木沢は、被告人大貫の指導により前記別段賞与を計上することを決定した際これと合わせて右期末賞与のことも同被告人との間に話し合つたこと、八木沢かねはその結果右計上を決定したものであることをうかがい得るが、その詳細を明らかにする証拠はない。しかし<証拠>によると、八木沢かね、同照子は従業員の慰安旅行の際に従業員に対しその際の旅費に充て得るよう期末賞与を支給する意向がありその旨を前記斎藤らに告げたこともあること、右慰安旅行は同年一一月末ごろ実施されていることをそれぞれ認めることができ、これに前記証人秋山武次の供述記載、第九回公判調書中の証人斎藤吉五郎の「大貫は自分に対し別段賞与も期末賞与、給料の増額分も社長が払つてくれるからいいじやないかと言つた」旨の供述記載および同被告人の当公判廷における供述を考え合わせると、同被告人は、八木沢照子から、右慰安旅行の際に右期末賞与を支払いたいと言われたことがあり、かつ八木沢かねにおいて右期末賞与を真実支払う意思のないことはこれを告げられなかつたので、同被告人としては、かねが後日実際に支払うものと信じて、右支給計上の処理をしたものであることが認められる。従つて右賞与の仮装計上を教唆したとの事実はこれを認めることができない。
(3) 役員報酬および従業員給与遡及増額仮装計上の教唆の有無
<証拠>を総合すると、右各遡及増額もまた前記かねが前記別段賞与の支給計上を決意した際、これとともに被告人大貫との相談に付されたもので、これと合わせて右増額の計上を決定したものであることをうかがうことができる。これにつき、前記証人八木沢かねの供述記載中、「報酬、給与の遡及増額分は支払うつもりはなかつた。大貫から払えとも言われなかつた」など、その際同被告人が前記認定のように八木沢かねが右増額を仮装して計上することを教唆した事実をうかがわせる供述があるけれども、右供述はにわかにこれを措信できない。そればかりでなく同証人の供述記載によつても、当時従業員の給料については同会社従業員の間からも安すぎるとの苦情が出、前記照子もかねに対し右給料を増額する必要がある旨助言し、かねとの間で右従業員給料を増額するとともにこれに伴い役員報酬を引き上げる問題も話題に上がつていた事実が認められる。さらに、第九回公判調書中の証人斎藤吉五郎の供述記載によれば、同人は被告人大貫から社長が従業員の給料を増額してくれるといつた旨を聞いたので、前記誓約書が作成されるまでは自己の給料の遡及増額分も実際に支給してもらえるものと思つていたことも明らかである。そうすると、以上の各事実に、前記公判調書中の証人秋山武次の「大貫が当時の利益見込みが六、〇〇〇、〇〇〇円になる旨話したら、これを聞いた八木沢照子から、それなら手塚支配人や斎藤吉五郎の給料も役員報酬もよそより非常に安いから引き上げてもらいたいとの話があつたので、一月分にさかのぼつて増額するよう処理した」旨の供述記載、同被告人の当公判廷における供述を総合すると、同被告人は八十沢かねと前記認定のような給料および報酬の遡及増額の計上について相談した際、かねから実際には増額分を支給する意思のないことを告げられないまま、同人が、後日実際にこれを支給するものと信じて、前記の増額処理をしたものであることを認めることができる。よつて同被告人が前記八木沢かねに対し右増額の架空計上を指導その他教唆したとの事実もこれを認めることができない。
(4) 従業員賞与仮装計上の教唆の有無
本件従業員賞与が同年度内において支払われたものとして決算報告書の損金に計上されるに至つた経過は、証拠上必ずしも明らかではなく同被告人の右教唆を証明する直接の証拠はない。
ただ、<証拠>によると、同被告人は本件事業年度の決算の際に前記従業員賞与と同額の三五七、八〇〇円が前年度の役員賞与の未払金として支出された旨の出金伝票があるのを発見したが、前記の決算報告書をみた結果、役員に対する賞与未払金は計上されていなかつたので、手塚茂に尋ねたところ、手塚は、それは従業員に支払う賞与の誤りであるからそのように処理してくれというのでその旨信じて右伝票の訂正を指示するとともに本件従業員賞与を損金として計上したものであることが認められる。したがつて右従業員賞与についても同被告人が前記八木沢かねに対しその支給を仮装して計上することを指導しその他教唆したとの事実はこれを認めることができない。
(5) 結局、同被告人が同会社代表取締役八木沢かねに対し、前記別段賞与、期末賞与、従業員賞与ならびに役員報酬および従業員給与遡及増額の各架空計上につき、これを指導その他教唆したとの事実はいずれもこれを認めることができない。
(三) 証憑湮滅罪の成否
(1) 前記別段賞与の支給計上に関し、前記法人税確定申告書提出後の昭和三七年一二月ごろ、前記認定の飯塚会計事務所の別段賞与関係書類の作成方針に基づいて、被告人大貫の指示により、同会計事務所法規課長斎藤喜三九らにおいて同事務所所定の用紙に従つてその文面を作成した、公訴事実第一の二の1記載のような、昭和三七年九月二一日有限会社二葉館において昭和三六事業年度に総額九五〇、〇〇〇円の前記別段賞与を支給し、これを借入れる旨議決したとの事実記載のある右同日付の同会社臨時社員総会議事録が同会社代表取締役八木沢かねらの記名押印をもつて作成されているが、右総会が開かれてそのような議決のなされた事実はなく、右記載が虚偽であること、
(2) 同じく、前記方針に基づき、同被告人の指示により、前記事務所所定の貸付承諾書用紙を用いて、前記手塚茂らにおいて公訴事実第一の二の2記載のような、同人外六名の従業員を作成名義人とし、同人らにおいて、それぞれ同会社より支給された右賞与金を同会社に対し貸付けることを承諾する旨の同会社代表取締役八木沢かね宛の昭和三七年一一月二五日付利益還元従業員別段賞与貸付承諾書各二通ずつ計一四通を作成したが、右書面はその一部が作成名義人の印鑑を冒用した偽造のものであるばかりでなく、そのすべてにつき、右作成名義人らにおいてはその記載のような貸付けをした事実がなく、右記載が虚偽であること。
は、いずれも前掲各証拠および押収中の有限会社二葉館臨時社員総会議事録謄本一通(同押号の一)を総合してこれを認めることができる。
しかし、前判示のとおり、同被告人が八木沢かねにおいて前記別段賞与の架空計上を行なつた際同被告人を指導してこれを教唆した事実はなく、また同被告人が、前記別段賞与の計上を決した同会社のために右計上の処理をなすにあたつては前記八木沢においてはこれを真実支給する意思があるものと信じてなしたことは前記判示のとおりである。そしてその後同被告人が議事録や貸付承諾書の作成を指示した際においても、前記別段賞与の計上が事実を仮装したものであつて、同会社においてこれを真実支給する意思がないのにこれが計上指導に応じたものであることを察知していたと認めるに足る証拠もない。結局、被告人大貫は八木沢かねらにおいて前記別段賞与を実際には支給する意思がないのに同被告人の右計上指導に応じたものであることを察知しないままに当時の飯塚会計事務所前記の事業方針に従い前記の者らに指示して右各文書を作成させたものと認められる。従つて同被告人には右の各文書の作成を指示するにあたつて、同会社またはその代表者八木沢かねにかかる法人税逋脱罪の証憑を湮滅する犯意があつたものとは認められない。
二、同被告人に対する公訴事実第一の三および同四の1、2、3の各事実(医療法人桃季会関係)について
右の公訴事実につき、問題となるのは、右法人の昭和三七年四月一日から同三八年三月三〇日に至る事業年度の決算に計上されれ特別賞与の仮装性とこれに対する被告人大貫の教唆の有無ならびにこれに関して作成された特別賞与支払明細書、利益還元従業員別段賞与貸付承諾書および同法人の理事会議事録の各作成に関する被告人大貫の意図如何である。
1 医療法人桃季会の昭和三七年四月一日から同三八年三月三一日に至る会計年度における別段賞与計上に関する経緯等
次の事実は証拠上明白で、同被告人においても特にこれを争わない。
(一) 医療法人桃季会は昭和三三年二月一四日病院経営による医療業務等を目的として鹿沼市今宮町一、六八二番地に設立され以来、同所に「御殿山病院」を経営している。同法人は、本件当時、右病院の院長である波木一里が理事長に、その妻晴子、その母キンが各理事に就任し、資本金六、四〇〇、〇〇〇円をもつて右三名および経理係兼事務長柴田力次によつて運営されていた。
(二) 飯塚会計事務所は、同法人設立のころから、同法人との間に前記顧問契約を結び、以後その所属職員に命じて同法人のため毎月の経理の整理、記帳の指導、毎会計年度の決算および法人税確定申告等の業務に従事させてきた。
(三) 同法人の昭和三七年四月一日から同三八年三月三一日に至る会計年度の決算ならびに同年五月三〇日を申告期限とする同年度の法人税確定申告にあたり、右申告とその前提となる同年度の決算事務を担当したのは被告人大貫文夫と同会計事務所職員本間和一であつて、同人らは同年五月下旬ころからこれに従事した結果、同月末、同年度の決算報告書を取りまとめ、同法人代表理事波木一男より右期限の末日に鹿沼市所在の鹿沼税務署において同署長に対しこれを添付して、公訴事実第一の三記載のような所得額を二、五六〇、三一一円法人税額を八七二、九一〇円と記載した法人税確定申告書(同押号の二七)を提出した。
(四) 右決算報告書には、柴田力次ほか四名の事務員または看護婦に対する別段賞与総額五七〇、〇〇〇円が未払金として損金に計上されていた。
2 各争点に対する判断
(一) 別段賞与の仮装性
<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
前記波木一男は、昭和三八年初めころ、同法人の巡回監査に従事していた被告人大貫から、前記病院の病室等の増設にともない、同年度の概算所得が約三〇〇万円に上ることが見込まれ、前年度に比し多額の法人税を納めなければならない計算となる旨の報告を受けたが、同人としては当時同法人は右増設のために金融機関等から借入れた金員の返済に追われて運営資金の余裕に乏しい事情にあつたところから、多額の税負担を避けたいと考えた。その後、右決算事務の終了した同年五月末、同被告人から冒頭判示のような内容の飯塚会計事務所の所謂利益還元従業員別段賞与の方法とその利点とを説明されてその採用を勧告されると、直ちにこれに応じて右賞与の支給を計上することを決意し、各受給者別の支給額をも定めたうえ同被告人の処理により、事務員柴田力次ほか従業員四名を受給名義人とする右別段賞与総額五七〇、〇〇〇円を未払金として決算報告書の損金に計上し、これにより前記法人税確定申告書を作成し、これを所轄税務署長に提出した。同年七月ごろに至り、前記事務員柴田は、同被告人の指導と助言により、各受給者別の支給額を記載した特別賞与支払明細書(前記給与支払明細帳((同押号の二九))中に綴込みのもの)、右賞与の受給名義人五名の作成名義をもつて、同人らにおいて、右支給の賞与金を同法人に貸付けることを承諾する旨の記載ある同法人宛の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書各二通ずつ計一〇通を作成した。しかし、右波木においては右賞与金を実際に支給する意思がなく、右貸付承諾書も、後記認定のとおり、同人において作成名義人にあらかじめ、その記載内容の虚偽である旨を告げて同人らの了解を受けたものにすぎなかつた。
以上の事実になお前記公判調書中の証人波木一男の供述記載を総合すると、前記波木は右別段賞与を支給する意思はないのにこれを支給すべき旨仮装してその未払金を損金に計上し、もつて同法人の所得額を実際より過少に申告して同会計年度において同法人が正規に納付すべき法人税額の一部を免脱したものであることは明白である。
(二) 同被告人の別段賞与仮装計上の教唆の有無
(1) 被告人大貫が、波木一男において行なつた右別段賞与の架空計上につき同人を指導するなどしてその実行を決意させたとの公訴事実にそう証拠としては前記公判調書中の証人波木一男の供述として、「(別段賞与)の説明を聞いて、本当に従業員に五年なり一〇年たつたら、そのお金を賞与としてやつてしまうというのでは税金は安くなるかもしれないが、所得が減り、元も子もなくなり、非常にばかげた無意味なことだと思つた。ボーナスは、わずかでもみんなに払つているし、そんなに病院というのは、もうかる仕事でもないから。普通やつているボーナスのうえにまた一五万とか一〇万という額は、今のところ私はやる気がないと大貫に言つた。」「私は……経営資金には困らない、従業員も定着している、払う必要はない……本当にやるのはいやだとはつきり言つた。」「私がそれをやらないんだということを大貫もそのときは十分認めたはずで……大貫はそれでよろしいと言つた……そうでなければ、私がこの別段賞与というのに判を押さない。」、「被告人大貫が『受給者として比軽的古い人で口のかたい人を五、六人選んだらいいだろう』と言つたので、自分が五人を選び、大貫に承認してもらつた。」旨の各記載がある。
しかし、右証拠によつても、同被告人が波木に対し当初別段賞与の説明を行なつた際には右賞与の一条件として、これを前記借入期間経過後はあくまで実際に各受給者らに支払うべきものとして説明し、かつそのようなものとしてその採用を助言する態度に出たことがうかがわれ、実際に支払うのでは意味がないとして架空計上を主張したのはむしろ右波木である。しかも同被告人が右のような当初の態度にもかかわらず、何故途中でその態度を変え、波木の右主張に従つて、別段賞与の本来の建前に反する架空計上に同意して同人の脱税の意図を助けまたはその実行に加功するに至つたかについては、同証人は、前記公判調書中の同証人の供述として、「……全部やるのはいやだと言つた。大貫が言つた具体的なことはよく覚えていないが、断片的に覚えていることは、ずつと後のほうだつたかも知れないが、五年か一〇年たてば、いなくなる従業員もいるし、忘れてしまう者もあるしそんなことは気にしなくていい。」「実際はやらないで帳簿上やつた、借りたといつて、所得を少なくするので、実際には一〇年たつてもやる気はないということを私ははつきり言つたし、大貫もそれを認めた、やるつもりがないことは大貫は知つていたはず」などの記載に見られるように、同証人が別段賞与を実際に支払う意思がない旨を同被告人に告げた際のこれに対する同被告人の応答ぶりに関する供述は具体性を欠き、瞹昧を極め、以上の点をうかがう由もないものである。結局この点に関する同証人の供述記載は、同被告人が当初の態度を変えて別段賞与の架空計上に同意するに至つた経過や動機については、あたかも卒然これに同意したというにひとしく、終始説明らしい説明を与えることがない。
そればかりでなく、同公判調書中の同証人の供述として、「(自分が最初別段賞与の計上に同意したについては)実際はやるやらないじやなくて帳面上のことで、一番の問題は最後に五七万を五年たつたときにやるかやらないかということが問題で、それを言つたとき、大貫は、一〇年五年もたつてしまえば忘れてしまう人もいるだろうし、やめる人もあるんだから何もそんなこと心配する必要ないんだと言つた。」旨の記載があり、これによれば、同被告人は、架空なものとしての別段賞与の計上にはあくまで同意せず、実際に支給する建前を固持して受給者らにもその旨を告げたうえでこれを計上し、ただ借入期間経過後の最終段階においてその支払をうやむやにすることで右賞与を計上するよう波木を説得した経過もうかがわれた。
以上の点をかれこれ考え合わせ、なお、右波木は、同法人の代表理事であつて前記のような逋脱罪の本犯たる地位にありながら、同被告人のみこれが教唆犯として起訴され、自らは起訴を免かれ得ている立場にあることを考慮すると、同証人の前掲供述記載をとつて直ちに、同被告人において、波木一男に対し別段賞与の仮装計上をそそのかし、または同人が別段賞与を真実支払う意思のないことを認識していたものと即断することはできない。
(2) 次に<証拠>によれば、昭和三八年七月初旬ごろ前記波木は、被告人大貫から、用紙を持参して前認定の利益還元従業員別段賞与貸付承諾書の作成方を指示されたのでそのころ前記、貸付承諾書の作成名義人高村ほか四名を自宅に呼び集め、自ら、税金を安くする方法として同人らに対し所得の一部を賞与として分配支給したことに仮装するから、税務署に対する関係でその受給名義人となつて税務署の調査を受けるときは支給を受け貸付けたと答えてほしい旨依頼して同人らの承諾を得、その謝礼の趣旨で同人らに各一万円ずつを交付したうえ事務長柴田をして同人において預り保管中の右高村らの印鑑を押捺して同人ら作成名義の、公訴事実第一の四の2記載のような内容の貸付承諾書各二通ずつ合計一〇通を作成させ、同月下旬ごろ各一通ずつをその本人らに交付したこと、同人らが波木の前記依頼を承諾して間もなく、病院に来た同被告人より、病院から賞与をもらつたかどうかとの質問を受けたが、同人らは、同被告人の右質問の趣旨を、同被告人が右支給の仮装に過ぎない事情を熟知しながら、税務署の調査を受けるときの同人らの応答ぶりを試すつもりと解し、前記波木の依頼の趣旨に従つてもらつて貸しつけた旨答えたが、その際前記高村のみは「本当はもらわない」旨をつけ加えて述べたので、同被告人はそれを言つてはならないといましめ、また傍らの柴田に対しそういう教え方はいけないとの注意を与えたこと、が認められる。
しかし、同被告人が右別段賞与の仮装たることを認識していた旨の前記各証人らの供述は同被告人がかねてから同法人に出入りし、同法人の経理の表裏に精通しているとの右証人らの先入観に基づく推測にすぎないことは右供述自体からもうかがわれるところである。
そればかりでなく、前記各証人らの供述<記載>と証拠を総合すると、同被告人は同年七月下旬頃、前記受給名義人の小薬里子から、波木一男より現金一万円を支給された旨聞知して同人につき右事実を質したが、同人は前記のような支給の趣旨は秘して言わず単に支給の事実のみを明らかにしたので、同被告人は右金員を前記賞与金の内払であると解して柴田力次に対し、すでに作成ずみの前記貸付承諾書等の記載金額はこれに従つて書き改めるよう指示したことが認められる。これによれば、前記波木のとつた右金員支払の措置の経緯もその趣旨も同被告人の関知しないところであることが明白である。
さらに<証拠>によれば、昭和三八年六月頃に至つて所轄関東信越国税局は、二葉館および後記奥日光小西ホテルに対し同会社のなした別段賞与の損金計上に関する事実調査を開始したので、これを知つた飯塚会計事務所でも、同所長の命により、独自に所属職員らが各担当顧問先法人につき一斉に別段賞与の支給の意思を調査してこれを確認するなどして、同局の調査に備える措置をとつたことが認められる。
この事実からすると、前記高村らに対する同被告人の言動も、右賞与の計上に伴う事後処理等の不備から、右計上が税務当局の疑惑を招き、ひいては右当局による否認更正等の問題に発展することを回避しようとの意図に出たものとも解し得る余地がある。よつて右各事実もいまだ同被告人が前記波木に対し別段賞与の仮装計上を教唆したことまたは同人の前記認定の意図を認識していたことの証左とするに足りない。
(3) さらに、同被告人が右別段賞与の計上を指導した目的の一半が、同法人の当面の税負担を軽減することにあつたこと、右別段賞与の総額が同法人の経営規模、当該会計年度の所得金額に比しかなり過大であつたこと、右受給者に支給すべき賞与金額が前記各証拠を総合してうかがわれる同法人の従業員の給与水準から考えて過大であること、同被告人が右別段賞与の計上指導に伴う事後処理としての前記貸付承諾書の作成、交付につき単にその指示にとどまらず、すすんで右賞与の受給者等につきその後の同法人の支給借入等の実際の処置を確認する措置をとらなかつたなどの事情は本件についても認められるところである。しかし、さきに有限会社二葉館に関する第二、一、2、(二)、(1)、の(ヘ)、(ト)で判示した、他の顧問先法人における別段賞与の処理状況および飯塚会計事務所における厳格な職員管理体制を考慮すると、これを同被告人の同会社に対する経理指導の態度が書類偏重に傾き、事の実質に対する配慮において安易軽率の嫌いのあつたことを非難する理由とすることはともかくいまだこれらの事実をもつて前記波木一男に対する同被告人の法人税逋脱教唆の事実をうかがわしめる証左とするには十分でないというべきである。
(4) 結局、被告人大貫が明示的にはもちろん、黙示的にもまた前記波木一男に対し前記別段賞与の仮装計上を教唆したことを認めるにはいまだその証明が十分でないといわねばならない。
(三) 証憑湮滅罪の成否
(1) 前記法人税確定申告書提出後の昭昭三八年七月ごろ、前記別段賞与の計上に関し、さきに認定した飯塚会計事務所の別段賞与関係書類の作成方針に基づいて、被告人大貫の指示により右柴田において、公訴事実第二の二の(一)の記載のような、支払確定日として同年三月三一日と記した同法人従業員五名に対する各人別支給額を記載した特別賞与支給明細書が作成されているが、右各人別支給額が決定したのは、同年五月下旬ごろであることは前記認定のとおりであつて、右記載が虚偽であること。
(2) 同じく、前記方針に基づき、同被告人の指示により、前記事務所所定の貸付承諾書用紙を用いて、前記柴田において公訴事実第二の二の2記載のような、同人ほか従業員四名の作成名義をもつて、同人らにおいて、同法人より支給された右賞与金を同法人に貸付けることを承諾する旨の同法人宛同三八年七月八日付「利益還元従業員別段賞与貸付承諾書」と題する書面各二通ずつ計一〇通を作成したが、右作成経緯の詳細は前記のとおりであつて、もとより右作成名義人らにおいてはその記載のような貸付けをした事実がなく、右記載が虚偽であること。
(3) 同じく、前記方針に基づき、同被告人の指示により同会計事務所法規課長斎藤喜三九らにおいて同事務所所定の雛形に従つて、その文面を作成した、公訴事実第二の二の3記載のような、同三八年三月二一日同法人事務所において、昭和三七会計年度に総額五七〇、〇〇〇円の前記別段賞与を支給し、これを借入れる旨議決したとの議事記載のある右同日付の同法人理事会議事録が前記波木一男らの記名押印をもつて作成されているが、右理事会が開かれてそのような議決のなされた事実はなく、右記載が虚偽であることはいずれも、前掲各証拠を総合してこれを認めることができる。しかし、前判示のとおり、同被告人が前記波木に対し別段賞与の架空計上を教唆した事実はなく、また、同被告人が、別段賞与の計上を決した同法人のため、その計上の処理をするにあたつては、右波木が真実これを支給する意思を期するものと信じていたことは前記のとおりである。そしてその後同被告人が右議事録や貸付承諾書の作成を指示した際にも、前記別段賞与の計上が事実を仮装したものであつて、右波木において真実これを支給する意思がないことを秘してこれが計上指導に応じたものであることを察知していたと認めるに足る証拠もない。
結局、同被告人は右波木においてこれを真実支給する意思がないことを察知しないままに、飯塚会計事務所の前記方針に従い右各文書の作成を指導したものと認められる。
従つて同被告人には右の各文書の作成を指導するにあたつて、同法人等にかかる前記法人税逋脱罪の証憑を湮滅する犯意があつたものとは認められない。
三、結論
以上検討したように被告人大貫文夫に対する各公訴事実はいずれも犯罪の証明がないことに帰する。
第三、被告人大塚武関係<省略>
第四、被告人摺木丈関係<省略>
第五、被告人多久泰則関係<省略>
第六、結論
結局、被告人四名に対する本件公訴事実はすべて証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条を適用し、被告人全員に対し無罪の言渡をすべきものである。
第七、被告人らの検察官に対する供述調書の任意性
当裁判所は第六五回公判において、検察官が取調を請求した証拠書類中、被告人らの検察官に対する各供述調書計四三通(大貫文夫関係二〇通、大塚武関係一一通、摺木丈関係四通、多久泰則関係八通)のうち、一一通(大貫文丈夫関係八通、摺木丈関係一通、多久泰則関係二通)につきその任意性に疑いがあると認めて右請求を却下したのでその理由につき付言するに、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
すなわち被告人らは、いずれも税理士法違反の被疑事実により昭和三九年三月一四日逮捕、同月一六日勾留され、(被告人大貫文夫、同大塚武は宇都宮刑務所に、被告人摺木丈、同多久泰則は小幡町拘置支所にそれぞれ勾留)同月二五日、翌月四日までの勾留延長がなされたのち、同年四月四日証憑湮滅の罪で当裁判所に起訴されるとともに、同罪でひきつづき勾留されたまま、第一回公判が開かれた同年五月一日保釈許可により釈放されるまで四七日間にわたり勾留されたが、その拘束中の各被告人らに対する検察官の取調は、長期間にわたつて被告人らの睡眠の補充、休養について特段の配慮を加えないまま、ほぼ連日連夜にわたつて続けられ、甚しきは深更一〇時を過ぎること、前記証拠により明白に認められるだけでも被告人大貫につき一〇回、被告人摺木につき一回、被告人多久につき六回に達し、時には同被告人につき午前零時すぎに至つたことさえもあり、しかも執拗な理詰による追求がなされるなど異常な状況またはその影響の継続する状況のもとにおいてなされたものと認むべきである。
よつて右状況下に作成された被告人らの前記各供述調書はその供述が任意になされたものでない疑いのあるものと認めてこれを却下する。(須藤貢 藤本孝夫 折田泰宏)
別紙一覧表(一)ないし(六)<略>